魁男女童
2008年1月21日よくない。
こんなザマでは非常によくない。
僕はなんだ。気を失っていたのか。邪気眼スルー。
イライラする。うまくいかない。
あのあれ背中にがばっと両手をまわして、
服を脱ぐポーズが描けない。
ちなみに色は十角十冠だ。挫けそうなのを告白する。
暗中無策、前後爆爆を告白する。
全く楽しくない。僕は病気だ。邪気眼スルー。
何とかは小に宿ると分かってはいても、
これではだめだ。
こんなんではよくない。
現実的か?いや非現実的である。
現実的に足りない。現実ってなんだ。
もう現実からは放り出されている。邪気眼スルー。
僕は現実的なことの為に愚痴らず作業を続けるべきか。ノー。
人はまぶたが開き続ける限り希望だけを語り続けるべきか。
イエス。
より有意義なことを語り続けることはできる。
例えばタッチ曲率について、視点と物体と光源の関係と
その適切なタッチ曲率の考え方、
アナログとデジタルのタッチ曲率の差異。
あるいは「いい年した大人なのにヴァルールボールトレーニング」。
そんなものは癒しにならない。
そんなものはあのボンクラな僕にやらせておけばいい。邪気眼スルー。
やれることが少ない。
今は盲目にも近しい状態であるが、
逆に覚醒状態といってもいい見方もある。
全くつまらない言葉しか出てこない。
これは困った。
重要なことなのにまるでただのメンヘラ文に見える。
頭が回らない。
理由は分かっている。何てありふれた言葉。
告白しよう。
今の僕には無力感しかない。
どうして無力感を感じるのだろう?
それには背反する欲求が根底にあるはず。
でもそんなものを特定するのもどうでもいい。
断っておくがオナニー鬱ではない。
僕はやる気に満ちている。
ただ少し疲れたのと目処が見えないだけなのぼさ。
癒されん。癒されない。
自らの悪を証明する悪があるか?
悪の説明は己の罪悪感へのカウンターに過ぎない。
あまりにも脆弱すぎる。
それでは癒されんよ。
神といわず何もかもに弓を引いてくれ。邪気眼スルー。
こんなザマでは非常によくない。
僕はなんだ。気を失っていたのか。邪気眼スルー。
イライラする。うまくいかない。
あのあれ背中にがばっと両手をまわして、
服を脱ぐポーズが描けない。
ちなみに色は十角十冠だ。挫けそうなのを告白する。
暗中無策、前後爆爆を告白する。
全く楽しくない。僕は病気だ。邪気眼スルー。
何とかは小に宿ると分かってはいても、
これではだめだ。
こんなんではよくない。
現実的か?いや非現実的である。
現実的に足りない。現実ってなんだ。
もう現実からは放り出されている。邪気眼スルー。
僕は現実的なことの為に愚痴らず作業を続けるべきか。ノー。
人はまぶたが開き続ける限り希望だけを語り続けるべきか。
イエス。
より有意義なことを語り続けることはできる。
例えばタッチ曲率について、視点と物体と光源の関係と
その適切なタッチ曲率の考え方、
アナログとデジタルのタッチ曲率の差異。
あるいは「いい年した大人なのにヴァルールボールトレーニング」。
そんなものは癒しにならない。
そんなものはあのボンクラな僕にやらせておけばいい。邪気眼スルー。
やれることが少ない。
今は盲目にも近しい状態であるが、
逆に覚醒状態といってもいい見方もある。
全くつまらない言葉しか出てこない。
これは困った。
重要なことなのにまるでただのメンヘラ文に見える。
頭が回らない。
理由は分かっている。何てありふれた言葉。
告白しよう。
今の僕には無力感しかない。
どうして無力感を感じるのだろう?
それには背反する欲求が根底にあるはず。
でもそんなものを特定するのもどうでもいい。
断っておくがオナニー鬱ではない。
僕はやる気に満ちている。
ただ少し疲れたのと目処が見えないだけなのぼさ。
癒されん。癒されない。
自らの悪を証明する悪があるか?
悪の説明は己の罪悪感へのカウンターに過ぎない。
あまりにも脆弱すぎる。
それでは癒されんよ。
神といわず何もかもに弓を引いてくれ。邪気眼スルー。
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